
黒崎は、旧長崎街道の宿場町として栄えた歴史を持ち、多様な世代が暮らし、宅地開発によって新しい住民も増え続けているまちです。駅の乗降者数も、北九州市内では上位に位置します。
一方で、大型商業施設の撤退が続き、昼間の歩行者は減りました。活用されていない空き店舗や空き家が増え、親子で立ち寄れる店は少ない。新しく移り住んだ人が、地域に関わるきっかけを持てない。ポテンシャルと課題が、同じ場所に同居しています。
黒崎に住んでいる人や訪れる人が、まちの余白に自分を表現していく。そこで人がつながっていく。私たちが描いたのは、そういうまちの姿です。
会社勤めの人が、土日に空き店舗で展示や出店をしている。祭りに参加してこなかった人が、趣味の延長に役割を見つけている。親子でまちを歩き、会話が生まれている。大きな再開発ではなく、そうした一つひとつの営みの積み重ねが、まちの個性をつくると考えました。
この場所には、かつて「弘美屋」という婦人服地の店がありました。店の奥にはミシンが並び、人が集い、服をつくっていた。布を選び、糸を縫い、誰かが袖を通す。「つくること」が、日常の風景として息づいていた場所です。
私たちは、この記憶を改修の出発点に置きました。用途を入れ替えるのではなく、かつてここにあった営みを別のかたちで継ぐ。建築家や編集者、デザイナーの作業場を覗き見るように、道具や本が並ぶ空間。名前は「HIROMIYA ROOMS」としました。



改修を終えて引き渡す形をとらず、開けたあとの運営までを一続きの計画として組みました。2025年の一年間を4つの段階に分け、場所ができるより先に、使う人が集まる状態をつくっています。
出店のハードルは、多くの場合お金ではなく手続きの重さにあります。物件を探し、交渉し、契約を結び、内装を整える。そこまでやらないと一度も試せないのなら、挑戦は始まりません。
そこで、区画を日単位で貸し出す仕組みを設計しました。店内の区画に加えて、軒先には屋台の形でも出られるようにしています。まず一度やってみて、手応えがあれば続ける。続けるうちに常連がつく。その順番で始められる状態をつくることを優先しました。
運営側が担うのは、場所の提供、出店者の募集、イベントの企画、そして地域への周知です。出店者は、自分の商品と向き合うことに集中できます。
この進め方は、思いつきではありません。代表の岩淵は九州大学大学院で「小さい個店が集まりながら地域活性化が起きる要因」を研究しており、その調査結果を下敷きにしています。
福岡市六本松、熊本市上乃裏通り、大阪市北区中崎町。いずれも、かつては空き物件の多い住宅地や、さほど賑わっていない通りでした。それが数十年で、多様な個店が集まる人気エリアへと変化しています。共通していたのは、次の3つでした。
もう一つ、調査で見えてきたのが「コミュニティ大工」と呼べる存在の役割です。図面どおりに施工するのではなく、施主や仲間と現場で悩みながら空間をつくる。その過程に施主の友人や素人が加わり、一緒に関わった人が次の現場にも顔を出す。空間づくりを媒介にして、人のネットワークがまち単位で広がっていきます。
明確な価値観を持った人が関わった空間は、同じ価値観を持つ人を呼び込みます。結果として、価値観の共鳴による界隈が形成される。スピードや資本ではなく、関係性が染み込んだ時間が、個店集積の魅力を生んでいました。弘美屋の改修を自分たちの手を動かしながら進めたのは、この知見によるものです。
弘美屋は、単体の再生事業として完結させていません。ここで運用した「1日から場所を試せる」仕組みを、自社プロダクト Placebook の実証の起点に位置づけています。
弘美屋で始め、熊手通り、そして黒崎地域へ広げていく。出店の履歴が地図の上に溜まっていけば、どのエリアにどんな業種が向いているかが見えるようになります。商店街や自治体にとっては、空き物件の活用や誘致の判断材料になります。
あわせて、黒崎の魅力を発信する出版プロジェクト『MAGAZINE Q』も並行して進めました。都市の深層をすくい取る雑誌として、まち歩きイベントとも連動させています。場所、仕組み、媒体。3つを組み合わせることで、一つの物件の再生をまちの動きにつなげようとしました。
弘美屋の日々の運営は未来づくりラボへ引き継ぎました。私たちがこれから担うのは、ここで確かめた仕組みを、熊手通りと黒崎のまちなか全体に広げていく役割です。
商店街には、シャッターの下りた店舗も、住み手のいない建物も残っています。持ち主は貸すことに慎重で、借りたい人は物件にたどり着けない。この行き違いを埋めるために、Placebook を使います。
出店が一度きりで終わらないよう、実績とレビューが残る設計にしています。弘美屋で最初の一歩を踏み出した人が、次は通りの空き店舗へ、そして自分の店へ。その段差をなだらかにすることが、私たちの役割だと考えています。
運営は一般社団法人未来づくりラボへ承継し、旧長崎街道の活性化、商店街や地域と連携したイベント、朝と夜の居場所づくりへと展開が続いています。
取り組みを進める中で、基本的なインフラの不足も見えてきました。たとえばトイレです。商店街にキッチンカーが出るようになり、多くの人が利用する一方で「トイレはどこですか」と聞かれる場面が増えました。黒崎駅や三角公園にはありますが、熊手通り周辺をはじめエリア全体ではまだ足りていません。
にぎわいと滞在が生まれていくためには、こうした設備を地域全体で共に考えていく必要があります。私たちはまだ“よそ者”の立場でもあり、地域に溶け込めるか不安な気持ちもあります。だからこそ、もっと地域のことを学びながら、地域の集まりや活動にも関わっていきたいと考えています。
空き店舗の再生、チャレンジショップの立ち上げ、商店街の賑わいづくり。まだ何をすべきか決まっていない段階で構いません。まずはエリアの話から始めましょう。
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